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| ◆お袈裟色とは濁(よご)れた色の事 |
お袈裟は本来『袈裟色に染められた衣服』と呼ぶのが正しい名称です。それが略されて、単に『袈裟』と呼ばれるようになったのでした。それでは袈裟色とはどのような色の事をいうのでしょうか?お釈迦様の時代、インドの人々には白色の衣服が好まれ、その他、正色(青、黄、赤、白、黒)や間色(藍、緑、紫等の中間色)が好まれていたようです。又一説には身分によって衣服の色が決められていたとも言われます。そこで人々に好まれている色や、身分を表す色を壊(こわ)し、人々があまり好まず、執着の心を起こさない色に染めて仏弟子の衣とするよう制定されました。ですから袈裟色とは、濁(よご)れた色の事であり、どうみても人間の好みそうもない濁(にご)った、汚(きた) ない色であったようです。それは我々人間が仏法を修行する上で、最もふさわしい色が、この袈裟色であったという事です。そして、人間の愚かさから起こる、ねたみ・おごりなどの迷い心を少しでも生じさせない色が、この袈裟色なのです。 カーキー色の軍服が、敵から自分の命を守る為に、あまり目立たない迷彩色であるのに対して、お袈裟は『おれこそは』『おれが』という人間のおごり、たかぶりの心を起こさせない色だったのでした。 |
| ◆お袈裟は仏身なり、仏心なり (久馬慧忠編『袈裟のはなし』参考) |
道元禅師には『お袈裟について』述べられた『正法眼蔵袈裟功徳』という書物があります。その中に「世尊の皮肉骨髄いまに正伝するといふは袈裟衣なり。袈裟はこれ諸仏の恭敬帰依しましますところなり。仏身なり、仏心なり」と、つまりお袈裟を単なる仏弟子の装束としてみるのではなくお釈迦様の皮肉骨髄、すなわちお釈迦様そのものであると申されています。袈裟は単なる仏弟子の装束の一つではなく、まさしく「仏衣」であったのです。 |
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