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| ◆お袈裟を頂戴する方法 |
道元禅師は、昔『阿含経』という経典の中に「お袈裟を頂戴する時の経文」がある事を発見しました。しかしその『阿含経』には「経文や方法」が詳しく書かれおらず、ただその時には「お袈裟を頂戴する時には、頂戴の経文と方法があるのだ」という事だけしか、わかりませんでした。日本にいる時には、導いてくれる先生もなく、又教えてくれる友もいなかったのですが、今この中国の天童山で『お袈裟を頂戴する時の経文と方法』を目の当たりにし、道元禅師は心から感動されたのでした。 |
| ◆『頂きます』とは |
| 我々はご飯を食べる事を『ご飯を頂きます』と言い、又お茶を飲む事を『お茶を頂戴します』等と言います。そのように我々は、普段ご飯や、お茶に対して『頂きます』『頂戴します』等と敬語を使っています。或いは作って呉れた人に対し『お禮の気持ち』を込めて『頂きます』と言うのかもしれませんが、どちらにしても『頂きます』と言うのです。 我々はご飯を食べる事によって自分のイノチを、保ち養う事が出来、お茶を飲む事によって喉の渇きを癒す事が出来るのです。そこで我々はご飯や、お茶に対して『頂きます』と、敬語を使っているのでした。ですから本来『頂きます』とは、自分の頭の上に安じ、心からそれを受け取る事だったのでした。 |
| ◆道元禅師の発願 |
道元禅師は『頂きます』という言葉だけではなく、隣に坐った修行僧が実際にお袈裟を頭の上に頂戴し、合掌して頂く様子に驚き、心から感動されたのでした。それ以来、お袈裟がとても恭しく尊いものに感じられ、益々お袈裟に対し、帰依をされて行ったのでした。その時、道元禅師は 「いかにしてか、われ不肖なりといふとも、仏法の嫡嗣となり、正法を正伝して、郷土の衆生をあわれむに、仏祖正伝の衣法を見聞せしめん」と、『至らぬ所がある私であるが、どうかして、仏法の正しい跡継ぎとなり、故郷である日本の人達へ、仏様や、お祖師様から正しく伝えられて来たお袈裟と仏法を伝えたい』と心ひそかに誓願を発こされたのでした。 そして道元禅師が日本に戻り、20数年近くが経過した時「かの時の発願いまむなしからず、袈裟を受持せる在家出家の菩薩おほし、歓喜するところなり」道元禅師のあの時の発願がしっかりと実を結び、お袈裟を自ら縫って、身に着けている多くの在家の菩薩や出家の菩薩がいて、道元禅師は心から歓喜ばれたのでした。 |
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