| ||||
| ◆洞山良价禅師の教え |
|
仏教の宗派の名前には、臨済宗、黄檗宗、天台宗、日蓮宗等、開祖である人の名前をとって宗派の名にしている所がたくさんあります。 因みに臨済宗は中国の臨済義玄禅師、黄檗宗はいんげん豆を日本に伝えられた黄檗隠元禅師、天台宗は同じく中国の天台智大師、鎌倉時代に興った日蓮宗は日蓮聖人という具合に、それぞれ人物の名前をとってその宗派の名前にしております。 実は、この長昌寺が属します曹洞宗(ソウトウシュウ)も宗門の歴史上重要な役割を担った二人の人物のお名前から来ているんです。それは中国の唐時代に活躍された曹渓慧能禅師という方の曹の字と、今からお話しをする洞山良价禅師の洞の字をとって 『曹洞宗』と呼ばれるようになったのでした。 この洞山様が若い修行時代の事です。出家すると誰でもが真実の道を求めて色々なお寺を修行して歩くのですが、若い洞山様も、同じ様に色々な道場を修行して歩いていました。 たまたまわらじを脱いだお寺では、明日、お亡くなりになった先代の住職のご法事があるというのです。つまり祥月命日、或いは三回忌や、七回忌等の年回供養の日だったのかもしれません。そこで現在の住職が、本堂に修行者の全員を集めて 『明日、先代のご住職様の年回法要の供養を設けるが、果たして先代のご住職様は「あの世」からその供養を受けにお出でになるか?』と質問したのでした。 誰一人その質問に答える事が出来ませんでした。しかしその中でまだ雛僧の洞山様がスクッとお立ちになって、次のように答えられたのでした。 『伴有るを待ちて、即ち来たらん』と、つまり『供養するこちら側に、先代のご住職様のお伴の出来る人がいれば、供養の席にもお出で下さるでしょう』という程の意味です。 これはとても大切な、そして立派なお答えなんですね。 |
| ◆唯仏与仏、乃能究尽 |
ですからこのお施食会の座に皆さんの「愛しい父や母、ご先祖さま」もお出でになるでしょうか?そして「ご先祖さま」にお会いする事が出来ますか?というのと同じ質問なんですね。それに対して洞山さまは『話し相手、つまりご相伴の出来る人がいれば、お出でになるでしょう』と答えられたのでした。ところで「先代のご住職さま」も、そして受戒され、仏弟子となった皆さんの「ご先祖さま」も、ほとけ様としてこの供養の座にお出でになるのです。その「ほとけ様」の話し相手は、「ほとけ様」でなくてはなりません。ですから「ご先祖さま」に出会うには、お相手をする皆さんにも「ほとけ様」になって頂かなければならないのです。 何しろ仏教は『唯仏与仏、乃能究尽』(唯だ仏と仏と、乃ち能く究め尽くす)が原則なんですね。『蛇の道は蛇』という諺(コトワザ)もあるように「ほとけ様」の気持ちは「ほとけ様」でなくては、わからないのですから。 |
| ◆施食会の始まり |
|
今日は山門大施食会法要です。かって施食会はお施餓鬼と呼ばれていましたが、そのお施餓鬼の始まりを記した『救抜焔口陀羅尼経』というお経があります。それによりますと、お釈迦さまの十人の優れたお弟子を『十大弟子』といいますが、その一人にお釈迦さまのご説法を一番よく聞いたので多聞第一といわれるアナン尊者という人がおりました。 ある時このアナン尊者が林の中で一人静かに坐禪をしていると、暗闇の中に体は痩せ衰え、手足は針金のように細く、髪は逆立ち、口からは焔を出している「餓鬼(ガキ)」の姿が現れて、アナン尊者に対して、『あなたは、このままだと、あと三日で死ぬ相が出ている』と言います。 驚いたアナン尊者はその「餓鬼」に尋ねました。『何とか助かる方法はありませんか?』と、するとその「餓鬼」は『一切の餓鬼や苦しんでいる人達に飲食(タベモノ)を施し、真実の教えを供養するなら、あなたの生命もながらえる事が出来、私も餓鬼の苦しみから救われる事が出来ます』と答えるのでした。 アナン尊者は早速このいきさつをお釈迦さまにお話しされ、お釈迦さまから教えて頂いた一切の「餓鬼」に飲食を施す「お施餓鬼の方法」を実行され「餓鬼」の苦しみを救い、自らも生命をながらえる事が出来たのでした。 ところで「餓鬼」とは、いったい何でしょうか?お腹が一杯なのに、美味しそうなものを見ると『もっともっと』と、際限なく欲しがる、我々の奥底にも潜んで、尽きる事のなく焔のように燃えている欲望の事でもあります。自分の利益しか考えない事を、我々は「我利我利亡者(ガリガリモウジャ)」と言います。「餓鬼」とは自分の心の中にある「我利我利亡者」の事です。 その「餓鬼」に対し、この自分の欲望に対して真実の教えを施すとは、自分さえ良ければ良いという思いを暫く捨て置き、回りの人達に対する思いやりの心を持つ事であります。 |
| ◆納棺の時に |
|
ところで『死んだらあの世へ何も持って行けない』とよく聞かされます。たとえ国王のように権力がある人でも、それは「この世」で得た『権り(仮り)の力』であり、又どんなに大金持ちの人でも『この世』で蓄えた物質的な物は残念な事に、決して「あの世」へ持って行く事が出来ません。ただ我々が「この世」でどのような生き方をして来たのか?という行為だけが「業」となって「あの世」までも我々に付き従って行くというのです。 ご葬儀のお別れの時、ご遺体をお花で飾るとともに故人が生前愛用していた品々や、家族の写真、又お孫さんが『おばあちゃんへ』と宛名を書いたお手紙を入れたりと、皆さんが思い思いの品を棺の中にお入れしているようです。 ある時、故人の子供さんなのでしょうか。一万円札を棺の足下へ入れようとしたんですね。すると遺族の人たちが一斉に『なんて事をするのよあなたは!やめなさいよ、勿体ないでしょう!』と言うのです。 「この世」で得たもの、蓄えた物は決して「あの世」へ持って行く事が出来ないんだと皆さん本当はよく御存知なんですよね。 そこで「あの世」へは持って行けないし、どうせ子供達のお世話になる事だからと、自分名義の財産をそっくり、子供に渡して仕舞ったところ、それまで親切にしてくれた子供達の態度が、手の平を返したように変わって仕舞ったという話しをよく聞かされます。子供達が優しくしてくれたのは、本当は財産を持っていたおばあちゃんに対してだったのかもしれませんね。「あの世」には持って行けないけれども、死ぬまでは「この世」ですから、少しは必要なんですね。 |
| ◆おばあちゃんのお通夜で |
これは知り合いの人から聞いたお話しです。あるおばあちゃんは、新聞紙を一万円札の大きさに切っていつも財布の中に入れて財布を厚くしていたそうです。なぜそんな事をするのかと聞かれたおばあちゃんは『財布が厚ければ厚い程、子供たちが、自分の事を大事に、そして親切にしてくれる』というのですね。本当に大事にしているのはおばあちゃんの財布の中だという事をそのおばあちゃんは良く知っていたんです。そのおばあちゃんが亡くなり、そのお通夜の日の事でした。お通夜の読経も終了し、親戚や知人等が皆帰ってから、そのおばあちゃんの子供達が、誰誘うともなく、皆おばあちゃんの古びたタンスの前に並んだのでした。 おばあちゃんが病気で入院した時でさえ、子供達はみんな理由をつけて中々集まらなかったのに、その時は誰誘うともなくおばあちゃんのタンスの前に全員が集まったのでした。 その古びたタンスはおばあちゃんが60年以上も前にこの家に嫁に来た時、実家から持参した唯一の嫁入り道具なんですね。それ以来汗水たらして働いて来たのに、おばあちゃんの持ち物といえばこの嫁入り道具の古びたタンスしかないんです。いつも夫や我が子の欲しいものを先に買って仕舞い、自分の物はとうとう買わずじまいだったのでした。 その古びたタンスには一カ所だけ鍵がかかる引き出しがあるんです。子供達は『死んだお父ちゃんから「俺は生命保険に入っているんだ」と、私は聞かされた事がある。その生命保険は確かお母ちゃんに支払われている筈よ』『少なく見積もっても3000万円以上は持っているに違いないわね』『いやオフクロの貯め込んだ小銭を足すともっとある筈だよ』等それぞれに思い込んで、おばあちゃんの古びたタンスの前に集まって来たのでした。 |
| ◆おばあちゃんの宝物 |
|
子供達全員が固唾を呑んで待っている中、探し出した鍵を鍵穴に差し込んでゆっくりと回すと『カチャッ』という音とともに鍵が開きました。引き出しを開けてみると、中から見慣れたおばあちゃんの厚い財布が出て来ましたが、中を見ると新聞紙の一万円札ばかりで、他は小銭、いくら探しても3000万円も、その預金通帳も出て来ません。 ガッカリして引き出しの奥の方を探していると、白いちり紙に綺麗に包んである物が出て来たんです。それには鉛筆で何か書いてある、よく見ると見慣れたおばあちゃんの癖のある字で『長女○○ちゃんの臍(ヘソ)の緒』と書いてある。その下の方には△▲ちゃんの小学校時代の通信簿、その脇には●●ちゃんが初めて履いた可愛らしいチッチャな赤い靴が綺麗な包装紙に包んでしまってあったのでした。それを見た子供達はその場でヘナヘナとすわり込んで仕舞ったのでした。 何故すわり込んで仕舞ったのかといえば、アテにしていた3000万円や、金目の物が見つからないので、ガッカリしてそこにすわり込んだ訳ではないんですね。それは『おばあちゃんの宝物』と『自分達の宝物』或いは『おばあちゃんのものさしと』と『自分達のものさし』がまるで違っていたからなんです。 おばあちゃんは子供の臍の緒や、通信簿や、初めて履いた靴に代表されるように子供の成長を心の支えにし、自分の事よりも子供達の事を中心にして生きて来たのでした。それに対して、子供達は3000万円に代表されるように物質的な豊かさを心の支えにし、そして親の事よりも自分の事を中心にして生きていたんです。 |
| ◆仏と出会う |
おばあちゃんの古びたタンスの前にすわり込んだ時、初めて子供達は本当のおばあちゃんの気持ちを知る事が出来たのでした。そしておばあちゃんと出会う事が出来たのでした。今までは、おばあちゃんよりも、厚い財布や、父親の生命保険ばかりを見ていて、本当のおばあちゃんに出会う事が出来なかったのでした。タンスを開けて、おばあちゃんの宝物が決して物質的な物ではなく、自分の事よりも我が子の事を中心にして生き、辛い時も頑張って来たんだとわかった時、子供達は今までの自分を静かに振り返る事が出来たのでした。そして「ほとけ様」と出会い、おばあちゃんとも出会う事が出来たのだと思います。 今日皆さんとご一緒に修行したお施食会の回向文に 仏身は法界に充満し、あまねからずということなし…… というのがありました。 「ほとけ様」はいつも我々に対して『気付いて下さいよ!気付いて下さいよ!』と、ささやき続けているというのでした。しかし聞く我々に、その受信機が、アンテナがないばかりに「ほとけ様」のささやきを聞く事が出来ず、聞き逃していたのでした。古き歌に 月影の 到らぬ里は なかりけり 底の抜けたる 桶には宿らじ というのがあります。 月の光が到らない山里等なく、どんなに離れた辺鄙な山里であっても月の光は届いています。ただ、底が抜けて、智慧の水の入っていない桶には月影を宿す事が出来ないというのです。本日は一年に一度のお施食会であります。 大変高慢な言い方かもしれませんが、私も含めて心の奥底に潜んで、焔のように燃えている貪り惜しむ「餓鬼」の根性を暫く捨て置き、回りの人達に対する思いやりの心が持てるようになりたいものです。その事がこのお施食会の大切な供養の方法なんです。 自己中心の『人間のものさし』で生きれば我々の世界は益々狭くなり、息苦しくなり、アナン尊者が『餓鬼』に言われたように寿命も狭く短くなります。 それに対して回りの人達への思いやりの心『ほとけのものさし』で生きれば我々の世界は広がり、アナン尊者のように『あと3日とされた寿命』も延び、ほとけ様の永遠のイノチを生きる事が出来るのです。 そして「ほとけ様」や「ご先祖さま」もこの供養の座(菩提座)にお出でになり、我々もそのご相伴をつとめさせて頂く事が出来るのです。 |
| ||||||
| |このページの最初へ|仏教は生き方の宗教メニューへ|ぼさつ道目次 |