
『アーナンダよ。わたしはもう老い朽(く)ち、老衰(ろうすい)し、人生の旅路(たびじ)を通り過ぎ、老齢に達した。わが齢(よわい)は80となった。たとえば古ぼけた車が皮紐(かわひも)の助けによってやっと動いていくように、恐らくわたしの身体も皮紐(かわひも)の助けによってやっともっているのだ』と、お釈迦さまはいつも付き従っていたアーナンダに言われるのでした。
そのように80歳になられ、死期を感じられたお釈迦さまは、生まれ故郷であるカピラヴァットゥに帰る事を望まれ、アーナンダ等、極少ないお弟子さんを連れ、最後の布教の旅に出られたのでした。その途次、チュンダという信者による茸料理のご供養を受けられ、その料理が原因であったのか、激しい下痢をされ、益々身体が衰弱して仕舞ったのでした。それでも少しづつ歩まれ最後の旅は続けられ、とうとうクシナガラの地において、静かにお亡くなりになったのでした。これらのご様子は大パリニッパーナ経という教典に詳しく書かれております。
お釈迦さまがお亡くなりになった時のご様子を絵にしたのが、お涅槃図です。真ん中に描かれた沙羅双樹(さらそうじゅ)の間には、今しがた、息を引き取られたお釈迦さまが、頭を北にし、静かに横になっておられます。そのお顔は残された我々に、どことなく微笑みかけているように感じられます。その枕辺(まくらべ)にはアーナンダを始め、お釈迦さまの死を知らせれ、各地から駆けつけたたくさんのお弟子さんや、一般の信者、国王、大臣、そして老若男女、あらゆる職業の人達が、又インド土着の神々も集まり、嘆(なげ)き悲しんでいる様子が表情豊かに描かれております。
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