 よく子供達と手鞠をして遊んだ越後の良寛さんはとても純朴なお坊さんでした。その良寛さんに次のような逸話が残されています。
ある人から良寛さんは「お金を拾うと、とても嬉しいものだ」と教えられた事がありました。
それを聞いてまもなくの頃、良寛さんはある家の法事に参列し、少しばかりのお布施を頂戴しました。その帰り道に、良寛さんはフッと「お金を拾うと嬉しい」という話を思い出し、本当にあの人が言ったように「お金を拾うと嬉しい」のかと、試してみたくなったのでした。
そこで、いま貰ったばかりのお金を道に捨てゝは、自分で拾ってみました。走りながら、何度も何度もやってみましたが、ちっとも嬉しくありません。「こんなはずはない」と思って、なおもやっているうちに、知り合いの人がやって来て、理由を聞かれたので、「道に落ちているお金を拾うと、人はもうけたと喜んでいるので、私も試しにやっているのだが、少しも嬉しくない」と、憮然として答えました。
その人が去ってから、なおもやっていると、そのうちにお金が転々と転がって草むらに入って見えなくなって仕舞いました。
良寛さんは、ずいぶん探しましたが見つかりません。せっかく頂戴したお布施をなくしたとあっては、その好意に対して申し訳ないと思い、泣きべそをかきながら、一生懸命になって探し、やっと見つけました。それを拾った時、はじめて良寛さんは嬉しくなり、「やっぱり人は嘘を付かなかった」と、安心したというのです。良寛さんの純粋さが表現されていて、とても好きな逸話です。
皆さんはこの逸話を稚拙で、馬鹿げた話だと思われるかもしれません。しかしこの中に出てきた「お金」を、「幸せ」や「心の安らぎ」「健康」「悟り」等に置き換えて見て下さい。チャンと宗教や仏法の話になって来るから不思議です。
|