
その中に、レオナルド・ダ・ビンチの『モナリザの微笑』と、東洋の『水墨画』を比較した次のような話がありました。『モナリザの微笑』には、皆さん良く御存知のように、中央に美しい女性モナリザが、ドンと配置され、その回りに中世イタリアの自然や、田畑の風景がホンの少し、オシルシ程度に描かれています。それに対して東洋の『水墨画』には、雲をいだいた高い山々や、霞(かすみ)のかかった湖等の大自然の風景の中に、鍬(クワ)や鋤(スキ)を担いだ一人の農夫が、虫メガネで見なければわからない程小さく描かれ、或いは湖に浮べた小さな船に、釣り人が、ホンのオシルシ程度に描かれています。ですからモナリザが、人間を中心に描かれているのに対し、水墨画は自然を中心に描かれているのでした。『西洋哲学の流れが、モナリザのように人間を中心にした教えであるのに対し、水墨画のように人間は、大自然の中に生かされた存在だというのが、仏教を中心とした東洋の教えである』というのが先生のお話しだったと記憶しています。
ですから我々の先祖も大自然に対し、畏敬の念を持ち、その恵みに心から感謝をし、水墨画のように慎ましやかに生きて来ました。しかし明治以降、特に戦後は西洋の近代自然科学の[自然は人間に利用される為にある]という人間中心の教えを取り入れ、ガムシャラに近代化の道を突き進んで来ました。勿論、我々の生活は昔に比べ実に快適に、便利になりました。私もそれを享受し、物質文明の恩恵に浸った生活をしている一人であり、決してすべてを否定するものではありません。しかし我々があまりにも快適さを追求しすぎて、この大自然や、本当に大切な物を破壊し、失って仕舞いました。
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