
霊雲志勤(れいうんしごん)和尚(中国の唐時代の禅僧)は身体も心も疲れ、歩くのもやっとの状態でした。思えば故郷である福建省(台湾の対岸)の長渓を後にして既に長い年月が過ぎようとしていました。小さい時から心に抱いていた『私はこの世に何の為に生まれて来たのか?』『自分とはいったい何物なのか?』等の疑問を解決しようと、広い唐の国中の善知識を訪ね歩いたのですが、そのだれからも自分が納得するような答えが得られませんでした。霊雲和尚は最期の救いを求め、1500人もの修行者が集まる当代傑出の名僧、為山霊祐禅師のもとで出家し、仏道修行をはじめたのでした。
ところが、為山霊祐禅師の道場では、来る日も来る日も坐禪中心の生活、お師匠様にどんな質問をしても、ただ『じっくりと坐りなさい』と言うばかりで、何も答えてくれません。仕方なく霊雲和尚は、お師匠様や他の修行者とともに坐禪をしておりましたが、このまま坐禪ばかりの修行を続けて行って良いものかと深く悩んでもいたのでした。
故郷を後にしてから、既に30年の歳月が過ぎ、季節もいつの間にか寒さの厳しい冬から初春へと移っていたのでした。そんなある日の事、霊雲和尚はお師匠様にお休みの許可を貰い、暫く道場を離れる事にしました。何処へ行くというあてもありません。或いは、故郷である長渓に向かって歩いていたのかもしれません。幾日も山を越え、谷をわたり、身体も心も疲れはてていた霊雲和尚は、ある峠を越えて少し休もうと道端に腰をおろした時の事でした。フッと眼下の山里を見ると、山里一面に、桃の花が美しく咲き綻(ほころ)びている様子が眼に入って来ました。それを見た霊雲和尚は『あぁ!そうだったのか』と、心の中で叫び、長年抱いていた疑問がその時氷解したのでした。 |